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2016年04月02日

お花見

今週は桜満開宣言が出たため、急きょひとりでお花見に行ってきました。
本当は久しぶりにのんびりできそうな時間が取れそうだったので少し身体を休めたかったのですが、桜は待ってくれないのでね。
平日でしたが沢山の人がいてびっくり。皆さまそれぞれの方法でお花見を楽しんでいらっしゃいました。
わたしは、ひとりでただのんびり歩きながら見上げるだけというお花見方法です。これは毎年変わりません。
季節のものはその時季に必ず繰り返され、節目にもなるので、見ていると感慨深くなります。
一年前はこうしてたな、とか、こう思ってたよな。とか。
そして数十年後の年老いた自分が何考えてるのか想像するの、わたしの癖です。毎年絶対やります。




学生の頃、春休み明けだったかに先生と桜の花を見て感じたことを話す授業があったのだったか……どうしてそのような話をしたのか忘れてしまったのですが、
あの時、桜が散る様子が美しすぎてただ胸が詰まった。というような話をしたんだったっけか……忘れてしまいましたが、そう感じたことだけは覚えていて、涙が込み上げてくる感じは今になっても変わらなくて、なんだか不思議です。 驚くくらい変わってしまったことも沢山あるのですけれど。
こういう涙の種類は形容しがたい。
悲しいわけではないし、嬉しいわけでもないけれど、正体のわからない何かが自分の中で湧き上がって消えていく感じは一年経つごとに、ああやっぱり今年もか。と、懐かしさを覚えます。ひとりで桜見ながら泣いてたら相当気持ち悪いので、我慢してさっさと通過しますけど、どうして自然の中にこんなにも美しいものがあって、どうしてこんなにも胸が詰まるのか本当に不思議です。
これがいいことなのかとか、無意味なことなのかとか、わからないし、多分わかる必要もないのかもしれませんが、それでもなんだか何も感じないよりはいい気がして、いつまでもまた桜を見れば何か感じられる心でいたいなと願い、また邁進することを誓ったり。
桜の力、凄いです。
それにしても人生は儚く切ないものです。あと何十回これを見られるのだろうと思うと、もう……(これも毎年言ってる)
それに同じ条件じゃないから。少しずつどこかが衰えていくのは仕方のないことなのですけれど、単純に残された時間ではないのだな、と思うとより切ない。
今より動かなくなった足で、見えなくなった目で、感じられることはどんなことなのだろうかと思うと、一秒が苦しくなります。
きっとまた来年も少しずつ違う。


春ですね。




わたしが桜を見に行った日はソメイヨシノはまだ満開ではなかったので(満開のものもありましたが)また見に行ってみようと思います。
それにしても、桜は一日で結構変わってしまうのでなかなか予想が難しいですね。
前日まだまだだったのに、翌日ちらっと見たら、あれ? 昨日こんなだったっけ? て、よくあるし。
こまめに見に行けたらいいのですが、そういうわけにもいかず……。
でも、やっぱりもう一度は綺麗なところを見たいので、満開になったあたりを見計らって少しでも行ってみようと思います。
お休みだし、本当なら今日明日あたりがベストなのでしょうけれど、なかなかお天気には恵まれないみたいですね。
雨降らないといいな。いつもこの時季雨が降って桜が散ってしまうんですよね。
今年は例年より長く見られるとニュースで観た気がしますが、本当に少し頑張ってもらってゆっくり散る様子を楽しませてもらいたいものです。




それでは皆様、よい週末をお過ごしください。
posted by 新和座制作部 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 座員のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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