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2014年10月25日

穏やかな日々

秋ですね。
日が早く沈み、寂しさを感じたり、歩いている時に漂う金木犀の香りに癒されたり、目の奥にまで眩しい銀杏の色付くのを毎日見守ったり。
秋だなぁと実感する日々です。
忙しなくすぎていった夏が終わると、徐々に時間の流れがゆったりになる気がするのです。実際は同じなんですけどね。
寂しいとも言うのかもしれないけれど、穏やかなんです。
急かされないこの時期が一番いろいろなことに目を向けることができる。だから、寂しいと思うことにまで思考が及んでしまうのかもしれませんが、一年に一度くらいそういう時期があってもまた、いいのかもしれません。一年の流れは常に同 じ速度で進んでいながら、現実とは異なる緩急を感じます。不思議ですね。でもそれがいい。穏やかな日の川の流れのように緩やかにさらさらと流れていくのもよいのですが、ふとした瞬間、ふと顔を上げたくなるようなきっかけがところどころにあると、穏やかな中にも目を見開くような鮮やかな感情が湧きます。
それはたぶん、そんなに明確な、大きな何かではなくてもよくて、そっと掌で掬ってあげたくなるような小さな変化でよいのかな、と。
私は、そう思います。
こんなゆるゆると考えられるのも、なんだか秋らしい。秋はいろいろな意味で穏やかです。
穏やかというなら、春も穏やかなんですけど、秋は冬に向かって収束していく穏やかさなんですよね。大きくなる前の 静けさみたいな穏やかさとはまた違って、春から来たすべてのものを含んでいての収束。それなりの重みと、だからこその寂しさなんかもあるのです。
いやぁ、秋っていいな。

以前から秋は好きだなぁと言っていましたが、初めて?なぜ秋を好きかって真面目に考えてしまった。明確にしてみると自分が秋を好きな理由がよくわかりました。
自分でもよくわかっていなかったんですね。なんとなく秋が好き。それでもいいけど、たぶん、きっと理由はあるんだろうな。どんなことにも。
突き詰めるほどにわからないことは増えますが、その中からにしか明確な答えは見えない気がする最近。だけど丁寧に辿っていくと、それでもそれなりにちゃんと輪郭が見えて、答えが出 る。とまで明確に行き着かなくても、拾えるくらいにはなったような。
必ずしも滑らかではなかったとしても、自分が何を持っているかわからないよりは、それでも自分の手で拾うことができる方がいい。
そうやって、自分がどういう形でどういう色で、何を持っているのかわかるようになってくるって、自分のことなのにおかしいのですが、自分のことでも不思議なくらいわからないものでした。
わかったつもりになっていたことは沢山あったのかもしれませんが。そのずれに気付かずに進んでいけるほどには人生は短くないのかな、と思ったり。
ですが、そういう心持で改めて丁寧に辿ってみると、そうやって日々触れる数えきれないものはもっと愛おしいものに変わりました。
当たり前に、生きることの奥深さを考えさせられます。感じることや考えることや悩むことや、答えのない答えへの結論や、他にも沢山のこと。

今日も日差しが穏やかです。
10月も残り数日。ここ数年、ハロウィーンも盛り上がってきている気がしますが、いろいろやってそうに思われて私は毎年気付けば終わってしまっています。
11月のクリスマスから参加です。それでも約2か月近くあるのですもの。なかなかに長い時間楽しめて嬉しいです。11月になったらプレゼントのことも考え始めようかな、と思いつつ。
それでは皆様、素敵な週末をお過ごしください。


posted by 新和座制作部 at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 座員のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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