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2014年10月15日

間合い

秋らしくなってきて、朝夕の冷え込みます。
11月までお布団を入れるのを我慢して毛布ですごそうかと思っておりましたが、、、
そろそろお布団を入れようかな、と思っております。

さて、本日は、”距離”、”距離感”ということについて考えてみました。

よく武道では、『間合い』という言葉があると思います。
これを辞書で引くと「自分と相手の距離」と出ています。
この間合い、実は舞台上の役と役、役と装置、役と空間・・・の中にも存在するものだと考えています。

この間合い、武道でもそうなのだと思うのですが、適正な距離よりも近ければ近いなりの、遠ければとおいなりの動きが出てくると思うのです。また、遠すぎても近すぎても不味いことになることもあるかと思います。

武道、とこに剣道でいうところの『一足一刀の間合い』というものがあります。
これは、所謂適正な距離だと理解しています。剣道の基本的な距離の取り方で、一歩踏み込めば相手に打突を加える事の出来る距離であると同時に一歩引きさがれば相手の攻撃をかわすことが可能な距離であります。
さらにこれよりも遠い間合い、すなわち、相手が打ち込んでも届かないかわりに、自分の攻撃も届かない距離感、同じように、自分の攻撃が簡単に届いてしまい、且つ、相手の攻撃も用意に届いてしまう、近い間合いも存在します。

お芝居にはこのような見た目、攻撃ということは存在しませんが、(無論、台本の中でそのような場面は別ですが・・・)これと似たような距離感をコントロールすることを求められます。
往々にして舞台では様々な距離が存在します。アニメや洋画のアテレコの世界でも同じではないでしょうか。
私はこれを物理的距離と倫理的距離とにわけて解釈をしています。

20141015.png例えば・・・舞台では立ち位置は舞台の端と端に男女が立っているとします。二人は恋人どうし。
脚本上には「二人寄り添って愛をささやく」としてあるとします。この場合、そりゃあ、寄り添えば何てこと無いんですが、演出や作品として何を訴えたいかによって、こういうシチュエーションになるときが多々あるかと思います。このとき、舞台上の二人の距離が物理的距離、台本上の「寄り添う」という文言から導かれる気持ちの距離感を倫理的距離と解釈しています。

この二つを混ぜ合わせ、脚本上にある「寄り添って愛をささやく」というものを表現しつつ、舞台作品として物理的距離を有意義に生かすことができると表現の幅が飛躍的に広がるのではないかと思っています。

これと似た様なことにアテレコ/アフレコの現場では画面上に恋人の二人が映っていても実際に声を入れている声優さんは部屋の端と端のマイクだったりするときがあります。

この倫理的、物理的距離をイメージでき、且つクリエイトできることが役作りにとって必要なのではないか、そう考えています。

こと、舞台の世界では劇場の大きさや、他の役、装置、道具などとの間合い、距離感というものがダイレクトにお客様に伝わって行きます。ですので、この距離、距離感というものを常に意識していないと一人とんでもない動きや台詞になってしまう事がありえます。特に自分の世界観、自分の距離感のみでお芝居を行うと他者との兼ね合いや演出の求める距離感がぐちゃぐちゃになって、台詞をおっているだけの祖末な演技になってきてしまうでしょう。

前述しましたが、物理的な距離、論理的な距離を十二分に把握し、自分の役と他の人の役、装置、道具との間に、その時々にあわせた適正な間合いを持ち、発する事が大事である、私は考えています。

※石井かほるの記事は別仕事の為、休載します。
来週登場予定です。是非、お楽しみに☆


ラベル:演劇 俳優
posted by 新和座制作部 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 演出家 武藤賀洋のお芝居について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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