logo.jpg

公式サイトはコチラから



2016年04月16日

それは妥協と言うのか

どんなことでも客観性を失って、知らずに進行している時が怖いなあと思います。
こだわりだしたらきりがなくなって、ぴたっとはまるものを求めるあまり、本来そこまでかけるべきかと疑う時間と労力を使ってしまったり。
もちろん、そうするべきことにそれだけの時間と労力を使うことはいいことなのですが、そうではないこともあると思うのでありました。


でもここが難しいところなのです。
人生は明日はないかもしれないと思って生きていると、無駄かもしれない時間や労力よりも、はまっていないものに対する違和感の方が大きくなってしまう。
「もの」や「こと」が主なことではありますが(流石に人間もと言い出すともう生きていけない)考え方というのは面白いものなので、同じ事実でも捉え方によって大きく変わってしまい。
本来ある程度のことなら気にするべきではないと思うのですが、こだわりというのは新たななこだわりを生み連れてくるような。


そんなこんなでスリッパに悩む日々が始まったのでありました(すでに長かったですがここからもっとくだらなくなります)


ある日、ボロボロになったスリッパを流石に買い替えなければいけないという気持ちがふっと生まれ、落ち着いたタイミングでスリッパ探しを始めました。
「スリッパなんて特にこだわりないや。どうだっていいや。はければ」
なんて軽い気持ちで考えていたわたしはこれだけわたし自身と付き合ってきてまだわたしのことをわかっていなかった。と、のちにとても残念な気持ちになる。
適当に綺麗なものにすればいいやと思って最初に見たものは三百円くらいのもの。
デザインが結構かわいいし、全然いいじゃないか! と思ったのに手に取ってみるとどうもクッション部分が気に入らない気がする。
今使っているものよりクッションがないんじゃないか?(今、部屋の大型改造によるスリッパ紛失事件という前代未聞の事件によって、左足は千五百円くらいのスリッパ、右足は百円のスリッパを使うという意味不明な状態)
となって、やっぱりクッションがいいやつがいいから千円くらいのにしよう。と思い一旦諦める。
そして、千円のスリッパを見に行く。
クッションも形もいいけれど、今のタイミングだといいデザインがないなあ。と思い再び諦める。
そして次は別の用事で百均に行ったのでついでにスリッパも見てみる。
百五十円とは思えないクオリティに驚く。が、やはりデザインがしっくりこない。そしてクッションももう少し欲しい。


このあたりから一体わたしはスリッパにどれだけの時間を費やしているんだろうと不安を覚え始める。
これ以上足を運んではいけないと思い、ネットで目星をつけてから店に足を運ぼうという作戦に変更。
ネットで探すが、そもそも探していい場所がよくわからず(機械とかネットとか苦手)早々に諦める。


書いているのにも疲れてくる。
普通だったらきっと、スリッパがボロボロになって新しいのを買いに行ったおわり。で一行で済むはずなのに、わたしのこのめんどくささと言ったらない。
書いていることにより自分のめんどくささを反芻し、うんざりする。
いろいろなお店に大量のスリッパがあるのに、一体わたしはどんなスリッパを求めているのだと頭を抱える。百五十円〜二、三千円くらいがほとんどのスリッパだけれど、正直ぱっとだけの見た目だけならよくわからないし(←適当でごめんなさい)
形とデザインと素材と生産地と……と考えだす。
でもなんでこんなに派手派手なスリッパが多いんだろう。スリッパだから服に合わなくてもいいかもしれないけど、部屋との統一感はないよなあ。別に誰に見せるわけじゃないからそれでもいいんだけどなんかこう心にひっかかるというか。


結局は別の用事で出かけたお店(服の)の片隅に少しだけあったインテリアコーナーのものにしました。
サイズもデザインも一択しかなかったところが決めてだった気がします。選ばなくていいというところが。
疲れていてもう脳が麻痺してた。
大事なことでは悩んだことはあまりないと思っていて、むしろこういう多分本当はどうでもいいところに悩んでいるんだと自分では思っているのですが、おかしいですね。
本当ならどうでもいいからこそ悩まなくていいはずなのですが、なんでこう逆になってしまうんだろう。


兎に角スリッパ片手の帰り道はやたらとやり遂げた気分でした。
自分ではまあまあ気に入ってるつもりだけれど、探せばもっとベストがあった気もする。
どこまでが妥協にならないんだろう。というか、こういうことに妥協もなにもないと思うし、こういうことは間を取るというバランスが大事だと思うのですが、とても難しいなあと考えながら帰りました。


消耗品って怖いですよね。また買い替える時に悩まなきゃいけないのかと思うと憂鬱です。
気に入ったものがあれば永遠にそれを買い続けたいので持ち物は限定品ではなく歴史ある永遠に製造されるものが好きです。
手帳はかれこれ四年くらい同じものを買い続けています。ずっとそれでいいんだ。手帳を悩まなくてよくなっただけ、年末手帳選びに悩んでいた時間がなくなって心が軽くなりました。
たかが手帳やスリッパと言ってしまえばそうなのですが、少しの時間が重なって実は多くの時間自分と触れ合って人生の一部になるものを、どこまで大切に選ぶべきか、悩みます。すべてがそうはいかないこともまた現実としてわかっているのですけれどね。


そしてあまりにめんどくさい自分の考えに、せっかくこんなめんどくさいことを考えたから今週はこのめんどくさい話にしよう若干読んだらいらっとする感じの。
と考えて帰りました。


書きました。



では皆さま、素敵な週末をお過ごしください。
posted by 新和座制作部 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 座員のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。