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2016年03月12日

気持ちの問題です

自分を欺くことだけは不可能。とわかりきっていることをわかりきったように感じるはめになった今週。
現実的ではない計画の反動が訪れ、結局あわあわすることになる。ありがち。
過信してはいけない。過信はしない。いい聞かせていても、行動を変えられなければそれは潜在意識的に過信しているのではないだろうかと思ってしまう。
意識的には全然過信していないのに!
そんなこんなで、意識だとか無意識だとか、そういうことを考え初め(いつものめんどくさい癖)でも専門家じゃないからわかるわけなく都合のいい結論を出し、いつの間にか終息させる。


手紙を書こうと思った。
自分が起こす行動も、持つものも、選択するものも、何もかもすべては自分自身の一部、というか欠片というか、結局は自分自身だと思い始めたあたりから妥協ということがなくなった。
自己完結は妥協もありだけど、発信しなきゃいけないものはどうもなかなかそういうわけにいかず。


送る相手と、それを選ぶ自分の心、相手と自分らしさがいいバランスで混在するデザインでなければならず、その日手紙を書くためにカードを探して店を四軒はしごし、ようやく決める。
それでも完全ではなかったのだけれど、まわれるところはすべてまわったしもう仕方ないよね、となった。
というか、それで探し始めてから二時間くらい経ってしまい。(途中違うこともしたけど)
時間の経過を見たあたりから絶望が深くなる。カード一枚決められない自分に対して。
我に返ってからすぐに帰りました。ちょっと探しに行っただけなのに、なぜああなるんだろう。


もうそのうちカードも自分で作るしかなくなるじゃないか。でもそしたらきっと、カードに使う紙の素材やそもそもその紙の作り方とか、どこの木だとか、インクの種類も気になってしまう。描くものも描き方も……。
てなるときりがないんですよね。妥協というか、バランスというか、どこまでどうすればうまくいくんだろう。息のぬき方が完全にわからなくなる。


書くべきことだけは決まっていたらしく、カードを選ぶよりはるかに短い時間で書き終える。
人に何かを伝えるということは、どう考えたらいいのかと考えたけれど、まあ難しかった。
これもきっとずっと時間をかけて考えていかなきゃいけないことで、その時々で答えが変化していって、考えるのが終わる時じゃなくて終わらせなくちゃいけなくなった時に正解と言えるものではない答えを答えとして出すのでしょう。


理想の器


作家さんの素敵な器が欲しくて探し回っていたのですが、なかなかこれというものが見つからず。
念のためデパートも覗いてみる。
そしてありがちな関係ないものまでいつの間にか見ている。
眩い照明。ジノリやコペンハーゲンもいいな、と見るたびに思うけれど、ヴィンテージや作家さんのものばかり集めてしまう。
なかなか高級だしな、と値段を見つめながら思ったけれど冷静に考えてみるとそれ買えるお金毎月平気で本代に使ってるじゃん、と。
価値観ておもしろいなあと考えながらやっぱり眺めるだけで終わった。
そのうちね。マリアージュフレールとか絶対あれで飲んだらおいしいと思うんだ。もちろん今の器で飲んでいても最高においしいんですけど!


そして結局は作家さんの器が置いてあるお店に行って、ひとつを選びました。
今回はプレゼント用。
作家さんによってまるで雰囲気が違うからいつも悩みますが、そこがよさですよね。
初めて行ったお店でしたが、お店の方がとても親切でいろいろ丁寧に教えてくださったおかげで、また陶器のおもしろさを知った。
だいたいインスピレーションでしか選んだことがなかったけれど、手法とか細かく教えていただけるとその工程が想像できて楽しい。そして思いれが深まる。
見た目はもちろんなんですけれど、手に持った時の感触とか、あったかくていいなと思いました。
少しお話しして、またお店の方の器への愛情を感じ……。←ここ大事。
そして作家さんのプロフィール用紙も入れていただき(これも大事。想像が深まると楽しいです)
生きているといちいちぶつかる想像がなかなかいいのです。
お米を作った人と、そのお米を入れる器を作った人と、大切に炊いて食べるわたし。みたいな。
生きるって、そうやって繋がっていることだし、これはどんなものをどうしていたってすべてそうなんですけれど。
真面目に生きていきたい。常々そう思います。なかなかうまくはいかないことも沢山沢山あるのですけれど、思ったり言うほど簡単なことでもないと思うのですけれど、気持ちだけは忘れずにいたい。




話が逸れてしまいましたが。
今回は自分用ではなかったのですが、また自分のものも……て、わたしの棚はすでにいっぱいでもうなかなか増やせる状態ではないけれど、うまく考えながら(?)また新しい器との出会いを楽しみにしたいと思いました。
やっぱり、人のお話を聞いたり実際に見たりするとやめられないんですよね。
実はわたしは小さい頃食べ物には興味がなく、母曰く食べなさ過ぎて病院につれていかれたことも多々あったそうなのですが(全く覚えてない)大人になってからは一応ちゃんと生きるためにそれなりに気を遣うようになったので、器もそのひとつで。
大切な食べ物を一番おいしい状態でなるべくはいただくようにしたいです。調理も、盛り付け方も、その場所も。みんな命をいただいているから忘れないようにしたいですね。


今週は人から教えていただいたことが沢山あって頭の中も気持ちもいっぱいです。
週の最後に、バラの花を買った時お店の方が「バラなのでこまめに水切りをしてあげてください」って言ってくださって、気持ちがあったかくなりました。
売っちゃえば終わり、てならないで最後のひとこと。お花が少しでも長持ちするように、お花に対しても、お花を見る人に対しても。
ほくほくしたまま家に帰りました。ありがたい一週間だったな。
来週もここに書けそうなことをキャッチできる心でいられますように。


では皆さま素敵な週末をお過ごしください。
posted by 新和座制作部 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | お稽古場日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする