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2016年03月05日

考えること

先週くらいから突き詰めると書くことが見つけられない状態に陥って、ひいひい言いながらここを何度か書き直す土曜の朝。
三月になってしまいましたね。河津桜や少し早めの桜はもう散り始めててびっくり。早い……。
今週は、早朝散歩に出かけたりして、まだ少し寒い春の空や空気を楽しみながら一息ついたり、狙っていたケーキを食べたり、楽しみにしていた本を読んだり、とプライベートでもなかなか楽しいことがありました。楽しくてほっとする瞬間。


心のバランスというのはバネみたいなもので保たれている気がします。
わたしはだらける部分があると自覚しているので、引き締めすぎてバチンと切れてからようやく引きすぎていたことに気付くということを何度も何度も繰り返してきているのですが、なぜこういうことはなかなか改善できないのだろうか。間違いを繰り返してもう知っているはずなのにと考えたのですがこれこそ性分というか、そういうものなのでしょうね。という結論に至った。
まだいける、もっといけるという過信からくるものなんじゃないかと考えると随分自信過剰だったなあと少し(じゃだめだよ)反省しました。死ぬまで謙虚でいたいものです。
とは言っても労わるあまり緩ませすぎてもいけませんしね、柔軟にとらえることのできる余裕は少しは残しておかなければならないにしろ。


目には見えない。


わたしは普段の食事にオーガニックのものを多く取り入れています。
健康維持の目的でこれまで使っていたものを少しずつオーガニックに変えました。
ですがオーガニックと言っても、化学調味料を使うようなお惣菜などではない限り、食べただけではっきりと「あ、これオーガニックの野菜使ってるでしょ!」というようなあからさまな味の変化はないように思います。
目に見えないんです。以前そんな事件がちらっとあったことがありましが(有機野菜として販売されていたものが実はそうじゃなかったとかそんな感じの)
ある時お茶をオーガニックのものに変えたのですが、それまでと同じ方法で保存すると、あっという間にだめになってしまったのです。
もしかしてこれはオーガニックのせい?(詳しくはわかりませんが)と思ってから、ああ目には見えないけれど確かに農薬が少ない(無農薬)んだなぁと少しだけ実感がわきました。(農薬が少ないからという理由かはわかりませんけれど)
それまではただ信じる事しかできなかったのですが。目に見えないものが少しだけ見えた気がしました。


お芝居にも、同じようなものがある気がします。
目には見えないけれど裏付けのあるリアリティが一瞬見えるようになる時、とか。
見えないから証拠はないのですが、同じ経験や感情を持っているか持っていないかはきっと見えてしまうものなのだと思います。だからそれっぽくなんて通用しないのかと。
見えないはずのものもいつかきっと目に見えるようになるのかと思いました。


表面的ではなく


コーヒー屋さんによく行きます。
コーヒーに興味のなかった頃はざっくりとした「コーヒー」でしかなかったのですが、コーヒーと言っても、もちろん沢山の種類があります。
豆の種類、産地、生産者……保管方法や、流通させている組合? 焙煎の度合(というのか?)とかいろいろあって、そのお店にはその紹介がそこらへんに貼ってあったりするので、焙煎してもらっている間にぼんやり眺めていたりします。
もちろんそんなことを知らなくても知っていても味は変わらないのかもしれませんが、なかなかそういう情報は想像を掻き立ててくれるわけで、ああこんな国の、こんな人がこうやって豆を収穫して……はるばるこんなところへ、なんて考えるとただのコーヒーにも人生(というかストーリー)があるわけで面白く、愛着がわきますよね。
いろいろな思いでいろいろな人の手を渡ってきたコーヒーにわたしの朝は支えられているというわけです。
知らないよりも知っている方が遥かに楽しく、コーヒーの味も(味わい方か?)も変わるような。
そしてですね、何よりも素敵だなあっと思ったのは、お店の方のコーヒーへの愛情です。
いろいろなお店に通って、最終的に今のお店に通っているわけですが、それぞれお店ごとの売り出し方が当たり前ですが違っていて、こんなにコーヒーの説明をしてくれているお店はなかったのです。その場で焙煎自体もあまりないような? で、おいしいコーヒーを最高の状態で届ける努力というのが伝わってきました。
売ればいい、というところからもう一段階昇華しているような。
ストーリーや歴史や想いは肉付けですよね。どんなにいいものでも、やはり厚みがあると変わってくる。ある日突然発生したわけではないのですから。
そういう消費者側にはなかなか伝わらない部分を届けていただけるのはとてもありがたいなあと思いました。


豆を買うと、たまにつけてくださる、豆の情報紙がまた面白いのです。
品種、生産国、豆のタイプと、おすすめの煎り加減などが書かれ、歴史や、特徴や、農法なども書かれています。
まるで教科書! と最初見た時は驚きましたが、感動しました。
コーヒーをただ味わうだけではなく最高の状態で味わわせてくださるというのはこういうことなんじゃないでしょうか、と。


なにかひとつを突き詰めようとするとつい突っ走りそうになってしまいますが、一見ひとつのこととしているはずのものが意外にも多くの面から作り出されているものだということはあるのかもしれないです。より完成度を上げるには別の側面からのアプローチの方法も持っているのが理想的ですね。知っていて選択をしないのと、知らないからできないのは違う……と。
なかなかやるべきことはやはりつきないなあと思ったのでした。


では皆さま素敵な週末をお過ごしください。
posted by 新和座制作部 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 座員のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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